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No.28(2018.1.1)香港の中心でアノ時を語る(ホコチュ―)
株式会社ダイオーズ香港会社社長
氏名:福光 博一(フクミツ ヒロカズ)
経歴:東京生まれの東京育ち。慶応大学、東京大学を経て丸紅入社。1994年、丸紅香港の駐在員として来港。その後、香港日本人倶楽部の事務局長を経て、2010年に株式会社ダイオーズ(本社東京)の香港法人を立ち上げて現在に至る。
鍛えられた駐在生活
小さい頃は大人しく、優等生、周りの期待に応えられるように勉強に勤しんだ福光さん。慶応大学に入学するが、一年後に目標としていた、東京大学を目指し再度受験。見事合格した。
1969年総合商社「丸紅」に入社。世界中を飛び回る生活を送る中、1976年スーダン(カルツーム)への駐在を命じられ、そこでの生活が福光さんの人生観を大きく変える。カルツームでの駐在員は福光さんひとり。英語もままならず、クライアントから電話があっても、名前を聞くだけで精一杯。それでも現地スタッフに仕事で使う言葉をメモ書きしてもらい、飛び込み営業で現地を駆け回っていた。私生活でも当時は物資も少なく、年に2回ヨーロッパまで生活用品を買い出しにいくという生活を送っていたが、「日本に帰りたいとは思わなかった」と現地の生活を振り返る。「あの頃の経験があるので、何事にも挑戦し続けられるし、明日世界のどこに行けといわれても驚きません」と語ってくれた。
終わらない挑戦
1994年に丸紅の駐在員として来港。当時は香港人へのイメージはビジネスライクでお金に厳しい商人そのものだった。だが、地元の人たちと触れ合う内に、どこか懐かしい「江戸っ子気質」を感じた。お金にはシビアだがケチ臭くない。周りの人たちと助け合う姿に懐かしさと、居心地の良さを感じたのだった。
そんな香港に魅せられた福光さんが、丸紅を定年退職後も香港に残ると決めたのも自然なことだった。そして2010年に、オフィスで本格淹れたてコーヒーが楽しめる株式会社ダイオーズの香港事務所を立ち上げる。現在の目標は中国大陸への新規開拓だ。アジア売上げ50億円という本社目標達成の一翼を担うべく、「土台をつくり次の世代につなげていく」。その使命のもと今も挑戦は続いている。
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